震災と原発事故後の10年を思う 神戸信行
東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から10年が過ぎた。今も激しい揺れとその後の余震に耐えた日々の記憶は鮮明である。何よりも、太平洋沿岸部の町を襲った大津波の壊滅的な被害の状況に驚愕した。しかし、事故により散乱した放
続きを読む東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から10年が過ぎた。今も激しい揺れとその後の余震に耐えた日々の記憶は鮮明である。何よりも、太平洋沿岸部の町を襲った大津波の壊滅的な被害の状況に驚愕した。しかし、事故により散乱した放
続きを読む今年度こそは、佐久学舎での新たな共同の祈りと学びの時を許されたいと切に祈って参りましたが、今次の新型コロナウイルス感染拡大の状況は、収まるどころか、激化の一途をたどっています。私たちは、一年間の試行錯誤の経験(感染者減少
続きを読むまことに出会い難き書である。資料集でありながら、単に資料に留まることを自ら乗り越えようする。緻密な言葉の羅列からは、その肉声までもが生き生きと伝わってくる。そして我々を、次々と歴史の出来事へと引き込みながら、しかし、その
続きを読む【読書 執筆者より】1 はじめに 手元に小さな一片の新聞記事がある。2011年2月22日(火)「朝日新聞」朝刊に載った記事である。当時のソウル特派員の牧野愛博記者から送られたニュースで、見出しは「金大中氏への死刑執行に
続きを読む【読書 執筆者より】 『日韓キリスト教関係史資料Ⅲ』を編集・出版するために富坂キリスト教センターに「日韓キリスト教関係史研究会」が正式発足したのは2007年であった。わたしは『資料Ⅱ』に引き続き主事として実務責任を担う立
続きを読む【誌上 一日研修会 開会礼拝説教】 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるよう
続きを読む【誌上 一日研修会 講演1】 初めての異国生活 釜山から飛び立ってすぐのこと。大韓民国と日本はこんなに近かったかと驚いた。福岡に降り立ち山口宇部へと導かれる。ま た驚いたのは山川が茂って見え綺麗だった。町の看板
続きを読む【誌上 一日研修会 講演2】 ・はじめに この執筆のテーマが、私の歩みということですが、当時には私だけの特別な経験のように思われたことも、今振り返ってみると、形は違っても誰もが辿って来たことのように思われます
続きを読む【誌上 一日研修会 講演3】 「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(コリントの信徒への手紙二12章9節) 私は1990年にはじめた日本での生活をかえりみて、出会いに導かれ日々支えら
続きを読む【誌上 一日研修会 証し】 誌上一日研修会に招かれている幸いな者です。顔と顔を合わせる喜びも大きいですが、顔と顔を思い浮かべる静かな喜びも大きいです。飯島委員長をはじめ、共助誌、共助会に連なる方々、韓国におられる兄弟姉妹
続きを読む【誌上 一日研修会 閉会礼拝】ローマの信徒への手紙1:16~17 今から14年ほど前の2007年10月、第四回韓日基督教共助会修練会に参加するために、私は初めて韓国を訪れました。当時、私は36歳で、その頃は、会社の休暇を
続きを読む私が洗礼を受けた日本キリスト教団筑波学園教会は、創立(1978年)初期を、韓国人の留学生の熱心な祈りと奉仕で支えられたと聞く。私が出席し始めた1987年もその雰囲気があった。私はそこで池ち 性韓さんと出会った。
続きを読む【寄稿】日本聾話学校『100周年記念文集』原稿(1991年―2000年 在職) 「日聾の教育が目指すものは、聴覚障がい児の〝人間解放〟です」。大嶋 功校長は、事あるごとに、私にそう言われた。「だから、
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