佐久学舎2020 応答1 林織史
〔前号(2020第8号)において「佐久学舎聖書研究会」の取り組み報告を掲載しました。そこでは《呼びかけ・勧め文》として川田殖先生の文章のみしか載せられませんでした。 今号には、世話人と川田先生の《呼びかけ》に応答してくれ
続きを読む〔前号(2020第8号)において「佐久学舎聖書研究会」の取り組み報告を掲載しました。そこでは《呼びかけ・勧め文》として川田殖先生の文章のみしか載せられませんでした。 今号には、世話人と川田先生の《呼びかけ》に応答してくれ
続きを読む皆さま、お久しぶりです。皆さまはお変わりなくお過ごしでしょうか。 私は今、富山の実家にて家族と共に日々を過ごしております。私は通常でしたら、京都市立芸術大学に京都の下宿から通っているはずでした。しかし、新型コロナウイルス
続きを読むルカによる福音書16章19―31節 1 「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布(あさぬの)を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた」。紫色の布というのはとても高価なものでした。お金持ちの象徴です。そういう装いで毎日
続きを読む雅歌の解釈をめぐる論考も最終回になりました。雅歌は知恵文学であるという私のテーゼによって雅歌を読み解く試みを、今回は具体的なテクストでやってみます。その前に、雅歌の文学的テクストと響き合う旧約の箇所に目を向けたいと思いま
続きを読む小笠原亮一先生が、神に召されてから今年で10年になります。私の人生を振り返って、私に影響を与えた人は2、3人いますが、小笠原亮一先生は、決定的に影響を与えた方です。小笠原先生の一言で私は牧師になりました。先生に教えて頂い
続きを読む日本の傀儡国家「満州国」の首都、新京に生を享けて、今日、北アルプスを眺める松本での暮らしは、12年目に入りました。新家庭を茨城県高萩市でスタートしてから13回の引っ越し、ここが終の棲家であって欲しいと思っています。敗戦後
続きを読む10月例会は若林義男さんの発表で、奥田先生『「一筋の道」を辿る』50頁の「基督教会に求めらるゝもの」を学びました。「今や全世界をあげて時代苦を深刻に経験しつつある時との時代を荷ひて、これを乗り切る強力なる政治家が如何にか
続きを読む「まことにこの人は神の子であった。」(マルコによる福音書 第15章39節。1954年改訳) 今から半世紀も昔、1971年が明けて間もなく、私の心の内には嵐が吹き荒れていた。特に教会の在り方をめぐって、牧師と私は激しくぶつ
続きを読む《呼びかけ・勧め文》 皆さまへの手紙 この手紙は、昨年の「佐久学舎聖書研究会」に参加された方々を中心にして、今までに参加された方も含めてお出ししています。 新型コロナウイルス感染拡大により、今年度の「佐久学舎聖書研究
続きを読む佐久学舎関係の皆さん お変わりありませんか。三人の世話人の御文章をよみ、感謝と喜びに溢れました。山本さんはこんにちにおける佐久学舎の原点、石川さん、小野さんはそれぞれの場での働きに立ちながら、学舎への切なる思いを記してお
続きを読む【追悼 岡田照子氏】 長い間、病に伏しておられました岡田照子さんが、9月30日に天の故郷へ帰られました。 だんだんと弱ってこられて、苦しまれることなく本当に木の葉が散るようにして、天寿を全うしましたとご家族は申され、ほっ
続きを読むマルコによる福音書3章13―15節 飯島委員長から共助会のクリスマス礼拝で、自らの歩みを顧みた証をして欲しいと頼まれました。なかなか委員長の頼みは断りにくく、また75歳を超えた年になり、自分の歩みを自ずと振り返っている
続きを読む雅歌の解釈をめぐって考察をしてきました。いくつかの解釈を紹介しましたが、私自身の解釈についてそろそろきちんと書かなければなりません。連載の第一回目に多少、書きました。それは、雅歌が旧約の知恵文学であって、知恵の「謎解き」
続きを読む今年4月に大阪から、神奈川県海老名市にある海老名教会に赴任しました。コロナ禍の中での移動でした。振り返ってみると、9年前の東北から大阪への転任の時も、東日本大震災・津波に遭い、その後片付けも終わってない状態での転任でした
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