ヘブル書を読むために《前篇》川田 殖
〈一〉 ヘブル書は私(たち)にとって読みやすい手紙ではない。旧約聖書の引用がやたらに多い上に、その説明の仕方もなじみにくく、話題も次から次へと変わって行く中で、あちこちに警告やすすめがある。がまんして読んでいるうちに、最
続きを読む〈一〉 ヘブル書は私(たち)にとって読みやすい手紙ではない。旧約聖書の引用がやたらに多い上に、その説明の仕方もなじみにくく、話題も次から次へと変わって行く中で、あちこちに警告やすすめがある。がまんして読んでいるうちに、最
続きを読む高橋哲哉さんが紹介された V・ジャンケレヴィッチの「われわれは許しを乞う言葉を聞いたか」は衝撃的でした。ナチスを生み出し、いままたその犯罪の時効をそのまま認めようとするドイツなどに対するジャンケレヴィッチの激しい糾弾は、
続きを読むヨハネによる福音書1: 35-39 私は2023年3月に国際基督教大学学士課程を、法学を専攻/哲学・宗教学を副専攻として卒業しました。今年10月に英国の大学院に進学するのを控え、現在は自由に勉強しています。 本日感話を担
続きを読むこの6月23日、「沖縄慰霊の日」に「平和巡礼」に参加してきました。大倉一美神父様(88歳)、斉木登茂子さん、プロテスタントの渡部優子さんらに同行させて頂きました。6月21日に羽田を出発、斉木さんがレンタカーで諸所を回り恵
続きを読む1 井深梶之助とは 井深梶之助(1854 – 1940)は、明治学院創立者の一人で初代総理(現学院長)のJ・C・ヘボンより引き継ぎ、第2代総理として明治学院の礎を築いた人である。在任期間は30年に及んだ。井深
続きを読む今年(2023年)は、新潟共助会を開催して十周年にあたる。老生Sは、妻美恵子と二人世話係をさせていただいて来た。年81歳(1942年8月生)Sの最近の様子をお知らせして、秋の第19回開催を覚えてお祈りいただきたいと願いま
続きを読む2021年10月に始めた、アジア学院の同級生Sさんの働きを支援する募金活動も、気が付けば丸2年が経とうとしています。それだけ人々の苦しみが続いていると思うと、本当に心が痛みますが、現地の惨状を知れば知るほど、Sさんや一緒
続きを読む神様に備えられた出会いは執り成し祈り合う関わりを創出します。 Ⅰ 裵貞烈先生を共助会に迎えることは、私の長年の祈りの課題でした。昨年裵先生からの申し出があり、この3月に大テ 田ジョンの韓南(ハンナム)大学をお訪ねし、「入
続きを読む1884年から1994年まで公式に韓国を訪れた来韓宣教師は2956人と知られている。献身的な奉仕と愛を見せた宣教師たちは、今日の韓国教会と社会を形成する上で貴重な礎石になった。ゲーテ博士(Dr. Robert L. Go
続きを読む韓国大田にある韓南大学校法学部で学生たちを教えている高鉄雄と申します。 大学生の時まで教会に通わなかった私は軍隊を除隊した後、東京大学大学院修士1年生の時から教会に行き始めた。一緒に留学していた兄弟の導きで在日大韓基督教
続きを読む大学に7年もいた。学部の4年と修士の3年。修士の2年目は休学をしていたとはいえ、大学に小学校よりも長くいてしまった。おどろいている。とてもありがたい。 修士論文の題は「基督教独立学園高等学校の『ひき出す』教育をめぐる一考
続きを読む主の導き 私は、大阪府の教員として働いてきた41年間に、神の導きを覚えます。 1982年、初任の学校の生徒はほとんどが筋ジストロフィーの患者であり、私は命について、自己実現について考えないではいられなかった。また自己中心
続きを読む南太平洋、赤道直下、パプアニューギニアの西ニューブリテン州、ワシラオ村にアタ語を話す方々が生活しています。人口は、約4、000人の小さな民族です。焼き畑農業を中心として、狩猟をしながら弥生時代かと思うような生活をしていま
続きを読む「なにを頼りに見つめていけばいいか」、小高での滞在制作はそればかり考えていました。贅沢な、それでいて正しい心のざわめきだったと思います。街と対話するには短い2週間の滞在でしたが、この街の隙間は、不在であり、不在でしかない
続きを読む3年ぶりに佐久の地で、対面して聖書研究会を行うことができました。8月16日(月)の夕方から20日(土)の午前中まで、5泊6日で、エフェソ書を読む聖書研究会は4日間でした。参加者は、川田 殖先生・綾子さんご夫妻、石川光顕先
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