「イエスの焼き印」(2011年 2・3月号) 原田 博充
二〇一〇年の京阪神共助会は、十一月二十二―二十三日(月・火)、「小笠原亮一先生を覚えて」を主題に、北白川教会で行われた。ありし日の先生を覚えて、幾人もの方々が説教、講演、感話などを語られたが、先生の偉大で、豊かで、柔和
続きを読む二〇一〇年の京阪神共助会は、十一月二十二―二十三日(月・火)、「小笠原亮一先生を覚えて」を主題に、北白川教会で行われた。ありし日の先生を覚えて、幾人もの方々が説教、講演、感話などを語られたが、先生の偉大で、豊かで、柔和
続きを読む「起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り 主の栄光はあなたの上に輝く。 見よ、闇は地を覆い 暗黒が国々を包んでいる。 しかし、あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる。」
続きを読む私たちの保育所では、アドヴェントに入ると、子どもたちと一緒に「待つ」ことを大切にしています。アドヴェント=待降節とは、文字通り、キリストの「降」誕を「待」つ時。ですから十二月にはいると、この「待つ」ということの大切さを
続きを読む今夏の共助会修養会は、「み言葉に聴く」との姿勢が問われるものであった。まず静まって、旧新約聖書の学びの中からみ声を深く受け入れることが求められた。その後、夏の後半に佐久の聖書学舎でマルコ伝を学んだ。朝の祈り場での祈りと
続きを読む最近、わたしたちは二つの事件に大きな衝撃を受けた。一つは、大阪市西区で起きた二十三歳の母親が一歳と三歳の子どもの育児を放棄し、餓死させた事件、もう一つは、東京都足立区で一一一歳の生きていたと見られていた男性が既に三〇年
続きを読む酷暑の夏である。世界的な異常気候、相撲界の不祥事その他諸々のニュースのなかでもことに目立ったのは、元大韓航空機爆破実行犯のひとり金賢姫が、拉致被害者に関する情報提供者として来日したことであろう。警備の物々しさは致し方な
続きを読む戦前版『共助』を通覧して(とはいっても、大変粗っぽい仕方ではありますが)更めて感じたことがいくつかあります。その一つは、共助会の先輩たちが、それぞれ自分の遣わされた場所にしっかりと立って、実にさまざまな角度から聖書を読
続きを読む私が一人の友に伴われて共助会の夏の修養会に初めて参加したのは一九七一年、大学を卒業した年でした。同じ年、現共助会委員長である飯島信さんも大学の先輩である安積力也さんと共に初めて参加しました。 それから三十九年の歳月
続きを読む最近しばしば心に浮かぶことばに「万物の終わりが近づいている」という一句がある。ペテロの第一の手紙(四7)に出てくる言葉である。この手紙は、ヨハネ・ヤコブ・ユダの手紙とともに、「公同(の教会宛の)書簡」と呼ばれていて、テ
続きを読む二〇〇九年の高二沖縄平和学習で特に忘れがたい嬉しい出来事があった。第一日目の夜、沖縄文化を代表するエイサー鑑賞をしたが、そこで実演してくれたグループのリーダーが実は本校の卒業生であった。高校卒業後、沖縄の大学、そして大
続きを読む昨年(2009年)は「日本におけるプロテスタント宣教一50周年」の記念すべき年。私たちキリスト教共助会にとっては創立九十周年の記念の年でした。奇しくも2009年はプロテスタント諸教会にとっても、共助会にとっても、それぞ
続きを読む旧約から新約に至る聖書の全編を通して鳴り響いている基調旋律がある。それは、人生の歳月を経れば経るほどより大きく、より確かな音として私に聞こえ、そして問いかけてくる。天に富を積む人生を歩いているのか、それともこの地上に富
続きを読む共助会の交わり、佐伯邦男さん宅でのジャコビニ読書会で、A・E・マクグラス著『キリスト教の将来』を読み終えた。 著者のマクグラス氏は、現在オクスフォード大学の歴史神学の教授で、多数の神学書、信仰書を出し、エキュメニカ
続きを読むこの夏、あることで初めてヨーロッパ旅行をする機会を与えられた。ジャコビニ読書会で、今日の欧米におけるキリスト教の状況について読んでいたことは、この地を訪れる関心事の一つとなっていた。 小さな田舎町に泊まったホテル隣
続きを読む40年前に大学受験をする時に、人から言われたことがあった。「何の為に大学に行くのか」その答えは、「真理を探究しに行く」ということを言った覚えがある。他の人からは「生きる為に行くのだよ」と言われて、そうなのかとも考えた。
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