『柏木義円日記』(1998年・行路社刊)を読む (2009年8月号) 鈴木 孝二
日本キリスト教史上、また、キリスト教共助会90年の歩みを考えるうえで貴重な出会い、交流が展開していたことを紹介したい。森明(33歳)と安中教会牧師柏木義円(62歳)が、1921(大正十)年軽井沢の地で出会い、会談をして
続きを読む日本キリスト教史上、また、キリスト教共助会90年の歩みを考えるうえで貴重な出会い、交流が展開していたことを紹介したい。森明(33歳)と安中教会牧師柏木義円(62歳)が、1921(大正十)年軽井沢の地で出会い、会談をして
続きを読む「あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。そのあなたが御心に留めてくださるとは 人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう あなたが顧みてくださるとは。」(詩編
続きを読む忘れられない譬え話がある。ある人が神様に天国や地獄とはどんな所か見てみたいと熱心に頼みました。神様はその願いを聞き入れてその人をまず地獄に連れて行きました。地獄はちょうど昼食時で大きな部屋の真ん中に大きな大きな鍋があり
続きを読む私は、この三月で四〇年間の都立高校教員としての生活にピリオドを打った。最後の三年間は、嘱託員として授業中心の生活であった。学力的にも輪切りにされている進学校の中で、国際高校は、実にいろんな生徒がいて私にとっては楽しい学
続きを読む行ったり来たりの寒さも終わりに近づいて、春の気配が迫って来た。庭先に植えたチューリップの芽が日に日に伸びていくのが愛らしい。芽が出てくるところを見ると、まず紫がかった太い葉が顔を出す。数日すると中に花芽を囲う葉が巻き込
続きを読む今号は、昨年の秋にもたれたキリスト教共助会京阪神修養会の特集となっております。「和解の福音を生きる」という主題のもと、韓日の基督者が隣人として出会う道筋をつけてくださり、その完成を望みつつ天に召された李仁夏先生を偲んで
続きを読む1919年クリスマス、共助会は創立された。教会・教派を超えた使命的伝道団体として、神の導きの確かさの中にその歩みは開始された。爾来90年、戦前と戦後を分けてその歩みを考えるならば、戦前の26年に比し、戦後はすでに64年
続きを読む聖書には四つの福音書が「聖典」として収録されている。大雑把に言って各福音書の成立年代は、マルコが紀元七〇年前後、マタイとルカが八〇年代、ヨハネは九〇年代と推定されている。そして、最初に出来たマルコ福音書には、主イエス
続きを読む共助会の会合でも、キリスト者医科連盟のエクスチェンジ・プログラム(台湾、韓国、日本のクリスチャン医療関係者による年一回の会合)でも、韓国と台湾の方達が日本語で親しく語り合っておられる風景をよく見かける。勿論、一定の年齢
続きを読む夏期信仰修養会が終わりました。秋が来ます。2009年は共助会創立90周年の年。キリスト教共助会では、この5月の総会で90周年記念事業の計画が承認されました。このことは既に本誌 月号の速報でお知らせしたとおりです。夏の修
続きを読むいつの間にか年をとってしまった気がするが、あらためて人生というものが、失敗に満ちているということを思わされる。最近は失敗学などという学問もでき、学会も創られているという。人々はあらためて、失敗や間違いが如何に容易に起こ
続きを読む弟子の一人であるイスカリオテのユダが、口を挟む。「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」厳しい言葉である。ユダヤ人は、貧しい人々に施しをするよう教えられていたため、この言葉に反論できな
続きを読む数年前、誰の言葉か失念したが、「大切にすれば大切なものになる」という言葉をどこかで読み、以来、結構気に入っている。歳を重ねるにしたがって、ますますこの言葉が身にしみて本当だと思うようになってくる。たとえば、それが万年筆
続きを読む私がまだ四十半ばの頃、聖書の学びと祈りの群に参加すべく、四国からはるばる佐久に馳せ参じたひとりの京大生がいた。足の不自由な医学生であったが、いささかの暗さも見せず、真剣な学びの姿勢と暖かな人柄で皆の信頼と敬愛を集めた。
続きを読むそこで、イエスは言われた。「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」(ルカによる福音書 13・18―19)
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