沈黙をも通して語られる神 森下 静香
2025年が幕開けした。世界中で無意味な戦争は続き、物価の高騰は続き、新しい年がやって来たという期待に膨らむ思いよりはむしろ、前年からの様々な虚偽的な思いを引きずる気持ちでのスタートであった。そんな中、共助会一日研修会に
続きを読む2025年が幕開けした。世界中で無意味な戦争は続き、物価の高騰は続き、新しい年がやって来たという期待に膨らむ思いよりはむしろ、前年からの様々な虚偽的な思いを引きずる気持ちでのスタートであった。そんな中、共助会一日研修会に
続きを読むこの時代に生きる責任とは何でしょうか。混迷を深める時代に対して、私はどう応えることができるでしょうか。 共助会一日研修会に参加し、改めて自分の生きる意義について考えました。正直に言えば、この世界の揉め事には関わりたくない
続きを読む主イエスのみ名を賛美申し上げます。 激動の2025年ですが、みなさまには元気でご活躍のことと思います。先月(1月13日)東京にて、共助会一日研修会で、各地区の活動と共に新潟共助会のこれまでの歩み、活動内容を報告しました。
続きを読む【一日研修会 開会礼拝】 傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく 飯島 信 「見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。 わたしが選び、喜び迎える者を。 彼の上にわたしの霊は置かれ 彼は国々の裁きを導き出
続きを読む1 新潟共助会11年の歩み (1)第一回を2013年9月28日、秋晴れのもと日基教団新潟信濃町教会で開催する。飯島信委員長より「基督教共助会について」語ってもらう。森明による共助会の発足と理念、その歴史を学ぶ。出席者より
続きを読む混迷を深めるこの時代、戦争の終結に私たちは何ができるだろうか、と日夜考えざるを得ません。 プロローグとして、孫たちの姉弟げんかのお話をします。 受験が迫り、数学のテストが良くなかった姉が朝食の後、静かにテレビを観ていた小
続きを読む2021年11月8日(月)中村・三田・石川・角田夫妻の5名が中村さん宅に集まっていた。クリスチャンは、聖書を熱心に学んでいるが、部分的に読むこと が多い。聖書を通読する必要を感じつつ、一人では読み通すことはなかなか困難
続きを読む京都共助会は昨年から月一度の例会で、奥田成孝先生の『一筋の道 ― 森明先生との出会をめぐって思い出すままに』を読んでいる。この本は、かつて奥田先生が1984年から86年にかけて『共助』誌に連載したものを、1995年に北白
続きを読むⅠ 「韓日共助会」の今までの歩み 「韓日共助会」の歴史を『基督教共助会九十年―その歩みに想う』(2012年)で顧みます。 当日は資料として配布しましたが、この部分をHPにアップします。 ・第四章四【アジアへの視点 ― 和
続きを読む「米国ファースト」を呼号する人物の煽情的(センセーショナル)な言動が、連日、伝えられてくる。その自己顕示的な大言壮語を相手にしている暇はない。しかし、だからと言って、それは無視冷笑していれば済むといった問題では決してない
続きを読む京都の北白川教会を初めて訪れて、そのたたずまいに深い印象を持ちました。共助会の原点のひとつであり数々の素晴らしい信仰者を輩出し、共助会の精神的支柱ともいえる北白川教会とはどんなにか素晴らしい会堂か、とあこがれを持って訪れ
続きを読む開会礼拝説教や下村さんの主題講演の専門的なお立場から、ラインホルト・シュナイダーやボンヘッファーの引用を通して「共苦」(ミットライデン)ということについて、私は大きな示唆を受けました。 弱い人、蔑まされている人、取るに足
続きを読む*11月22日開会礼拝 片柳榮一氏 深き淵より 詩編130編第1―8節 1節2節は、嘆き祈る私の苦しみの叫び。3節は、苦悩の叫びが自我の暗い蠢きとしての罪に起因している事を感じ、それを見つめておられる主の眼差しに戦
続きを読む【聖書研究 ガラテヤの信徒への手紙 第5回】 「二人の女のたとえ」〈Ⅱ〉(5章1節) 「この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛くびきに二度とつな
続きを読む2025年1月例会報告・1月20日(月)13時~16時 ・司会:角田芳子 出席者:5名(石川・内田・角田芳子・中村・光永)5名 ・テキスト 民数記1章~5章 民数記は何だか意味が分からない、難しそうとの印象があった。しか
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