訪問記 原田博充先生・美智子さん宅をお訪ねして 石川 光顕
昨年11月24日「京阪神共助会修養会」後、お宅をお訪ねすることが出来ました。今回は、原田先生の大学の後輩、片柳榮一さんが付き添ってくれました。昨年は「修養会」をお休みしたので2年ぶりの訪問でした。 昨年の『共助』第7
続きを読む昨年11月24日「京阪神共助会修養会」後、お宅をお訪ねすることが出来ました。今回は、原田先生の大学の後輩、片柳榮一さんが付き添ってくれました。昨年は「修養会」をお休みしたので2年ぶりの訪問でした。 昨年の『共助』第7
続きを読むマタイ24:36-44 今年の京阪神共助会信仰修養会の主題は「だから目を覚ましていなさい ―― 戦後八十年を省みつつ」としました。日本、世界の不気味ともいえる混迷が深まる中、戦後八十年という節目の年を迎えて、私たち
続きを読むマタイ24:36-44 1 戦後八十年への省みの中で、どう生きるかを考える 私達は今年戦後八十年を迎えています。戦後八十年を考えるということは、1931年の満州事変に始まり1945年に敗戦で終結したいわゆる15年戦争
続きを読むO Mensch, bewein dein Sünde groß 2025年、私たちは戦後八十年という節目の年を迎えました。この八十年間、日本社会は目覚ましい復興と発展を遂げ、平和と繁栄を享受してきました。しかし、この
続きを読む現在、日本、そして世界で排外主義のうねりが大きくなっています。このような状況において、他者の排斥に対して危機感を抱いていることは言うまでも無く、「他者とともに生きる喜び」がほとんど語られず、他者と向き合うことの負担や義
続きを読む「戦後八十年を省みる」というあまりにも巨大な課題に対して、限られた時間のなかで何をどう語ればよいのか、正直なところ途方に暮れています。その困惑の内にある者が、しかしその主題に関してなお何かを語らねばならないとするならば、
続きを読むマタイ24、25章は、イエスが捕縛と尋問、そして十字架上の死が迫り来るのをひしひしと感じつつ、その後に起こる終末・審判について、弟子たちに語り聞かせた言葉の記録である。京阪神共助会の2025年度信仰修養会は「だから目を覚
続きを読む昭和16年(1941年)3月に、生まれ故郷の京都から父の都合で鎌倉に引っ越しました。小学校一年の時です。3月の海岸は人も少なく磯の匂いで一杯でした。4月から鎌倉教会の日曜学校に通い始めました。バス停「材木座」から一人でバ
続きを読む1945年8月5日の夜。 当時7歳(小学校1年生)の私は、前橋市に住んでいて「前橋の空襲」を体験した。夕方から警戒警報のサイレンは鳴り止まず、探照灯(たんしょうとう サーチライト)が何本も空を照らし、不安な思いで一杯だっ
続きを読む1945年、敗戦の年、私は10歳でした。 その一年ほど前、池袋駅の近くにあった生家の店は、強制疎開ということで取り壊され ました。そのころには番頭さんも、そして父も出征していて、母はそれよりずっと前から東村山の保生園(ほ
続きを読む私は、1934(昭和9)年、福島県の阿武隈山地の中程の片曽根(かたそね)村(現田村市)の生れです。今は独立学園の史料整理・環境整備などをしています。今年91歳です。 父は炭屋をしながら早稲田で学び、卒業後は帰郷し28歳で
続きを読む若い頃、お世話になった先生のご自宅に飾られていたミレーの「晩鐘」の絵が、今でも私の脳裏に焼き付いています。この絵は、私に旧約聖書のルツ記の風景を連想させました。地方から上京した私にとって、都会の喧騒の中でホッとできるもの
続きを読む・時 2025年10月25日(土) 午前11時から午後2時半 ・所 新潟教会(日本基督教団)二階礼拝堂 ・出席者22名。 初参加者 渡辺幹もとつぐ継・洋子夫妻(伝福三条福音キリスト教会)と佐々木三穂さん(新潟市在住
続きを読む高校2年生で主イエス様に出会い、大学1年生の夏に洗礼を受けました。たくさんの方々と出会わせていただき、神様の恵みをいただいてきました。その歩みの一部をお話しさせていただきます。 1 大学生時代 ⑴ 「埼玉大学聖書研究会」
続きを読む「私たちの存在の一部は、ごく幼いころに棄てられた。完全にみとめられたという気持ちを一度も味わっていない部分である。そこには不安がぎっしりつまっている。」〔ヘンリ・ナウエン『心の奥の愛の声』〕 私は一九四四年(昭和一九年)
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