今、「主の祈り」を祈りなおす 朴大信
【聖書研究 主の祈り 第一回】 ルカによる福音書11章1~4節 はじめに 全6回の予定で、しばらく「聖書研究」を担当させて頂くことになりました。聖書学者でもない私が、この看板を背負うことはあまりに荷が重すぎると躊躇しまし
続きを読む【聖書研究 主の祈り 第一回】 ルカによる福音書11章1~4節 はじめに 全6回の予定で、しばらく「聖書研究」を担当させて頂くことになりました。聖書学者でもない私が、この看板を背負うことはあまりに荷が重すぎると躊躇しまし
続きを読む「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい」(ローマ12: 15)沖縄に住んでいる私たちのことを気にかけ、祈りに覚えてくださり感謝します。これまで『共助』誌に「乳癌をすこやかに病む」証しを書かせて頂
続きを読む2020年「公務員の処分量定を問う公開質問状」 この度、共助誌に投稿の機会をいただいて、東京・大阪の「君が代」不服従による被処分教員6人が呼びかけ人となって2020年に提出した「公務員の処分量定を問う公開質問状」に関わり
続きを読む四月から藤崎という町で牧師の仕事をしている。藤崎は平川を挟んで弘前市に隣接する静かな町である。また、古くから交易の拠点として栄えた商人の町であり、りんごの主力品種「ふじ」発祥の地でもある。名所と呼ばれるような場所に乏しく
続きを読む私は直接薫陶を受けた世代ではない故に、また北白川教会で育てられた故に、奥田成孝牧師に対して強い関心を抱いてきました。『追悼文集』や『一筋の道』などは、何百回は誇大ですが何十回では過少かな、と言える程には読みました。奥田牧
続きを読むマタイによる福音書7章21―27節 1 「確かな土台に立っているか」― 独立学園生のことばが私に問うもの この人生で、本当に確かなものに出会いたい。「私」を本当のところ生かすものに出会いたい。あるいは、出会い続けたい。こ
続きを読む【分団A報告】神に捉えられて立ち尽くす 林織史 皆さんは「果たしてあなたは自分の足で世界に立てるのか。」と問われたら、どう感じますか。 【人格的な安心保障】 誰しもが様々な不安を抱える中、全てを己の世界に組み込みながら既
続きを読む荒井洋子 まず今回の修養会が準備委員会の皆様の英断により開催され、無事に終了出来ましたことに感謝いたします。 今年のテーマ「キリストに在る友情に生きた2人の先達に想いを馳せる」を基にお2人のご講演をお聞きしました。 1日
続きを読む夏季修養会:閉会礼拝説教 わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実
続きを読む日時:6月19日13 時~14時半 北白川教会 テキスト:山本茂男「故森寛子刀とじ 自」(『恐れるな、小さき群れよ』―基督教共助会の先達たちと森 明、106頁) 出席者8名 発表者:若林義男さん 「婦人の愛は濃
続きを読む【説教 2022年度 夏期信仰修養会 開会礼拝】 ヨハネによる福音書17章20―26節 私たちは今、インターネットの発達によって、画面上であるとはいえ、世界中で起きていることを良いことも悪いことも、ほぼリアルタイムで知り
続きを読むマタイによる福音書22章34― 40節 「お前にとっての森 明」を語れ。 飯島信委員長からそう問われたのが、今年の四月半ば。もう九〇年近く前に三六歳の若さで死んだ一人の病弱の牧師。いったい、私に語れる森 明があるのか。森
続きを読むはじめに 安積力也さんの主題講演に対する「応答」を仰せつかりました。初めから終わりまで緊張の糸が一切途切れることのない真心からのお話に、ただただ圧倒されます。まさに「説明の言語」ではなく「実存の言語」。文字通り、一つ一つ
続きを読むフィリピの信徒への手紙3章12―16節 人との関わりにおいて、私は高い理想を持っていると思います。それは、本当に人に耳を傾けることであり、本当に共感することであり、相手の表面ではなくその人そのものに関心を持つことであり、
続きを読む1 奥田先生の生い立ちと森 明との出会い 奥田先生は1902年に、父奥田義人(東京市長、法学者)、母はや、兄一人、姉4人、弟一人の7人兄弟の6番目に生まれました。初等科より高等科まで学習院に学び、秩父宮の学友でした。 奥
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